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第43話 結果にコミット|digilog Blog データベースの開発・構築ならデジログへ

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第43話 結果にコミット

インパクトのあるテレビコマーシャルで評判の「フィットネスジム」。
「結果にコミット」とのうたい文句で、結果が出なかった場合は全額返金(1カ月以内)とのこと。
かなり高額な会費だそうだが、その結果に対する投資とみればコストパフォーマンスが高いと思う人もかなりいるであろうが・・・。

私の持論であるが、
何かを成そうとする場合、それに対して適正以上にコストをかける、ということである。
特に、フィットネスやシェイプアップ等は、心身ともにある程度の負担をかけ、食事制限や生活習慣の改善等、それも継続的に、結果が出た後も持続しなければならず、それなりの精神的な苦痛や忍耐を伴うものである。
しかるに、それに対してかけた分のコストの大きさが、我慢する精神力を保つため、モティベーションを高めるため、効果的な要素であると考えている。
(コストが高額か否かは、人それぞれの金銭感覚に依存するものであることを前置きする)

この精神力は個人差があるので一概には言えないが、数年前の自分に例えてみよう。
会社の近くに1回400円の区立プールがあることに気が付いた。
「この立地なら週に2回以上通えるなぁ。月に10回行っても4,000円、その上入会金も無し。」
「よし、早速始めよう!」
などと一念発起し、水着やタオルを用意してきて早々、
今朝、駅前で配られた新規オープンの「焼鳥屋」の割引券を見ながら、悪あがき程度のわずかな葛藤の末、
「プール、来週から行くかぁ・・・」
と、大好きな「鶏皮」「ぼんじり」を頬張る結果となる。
しかし、それがある程度のコスト(会費)を支払うと、
「会費÷今月の出席回数」と頭の中で計算機が即座に1回あたりのコストをはじき出し、「ぼんじり(欲求)」と天秤にかけるのである。
そのコストは、天秤にかけて、その差が大きければ大きいほど効果的であるのは言うまでもないが、これも人それぞれ、「天秤にかける」ものも、その価値観も、また天秤に乗せる側、もまちまちである。
多くの人にとって辛い筋トレも、ある知人から言わせれば「筋肉痛は筋肉再生の叫び」とのこと。
「筋肉通の無い筋トレは退化の証」だそうで筋肉痛がなくなると、また更に筋肉痛を発症する程度まで負荷を上げるのだとか。
(それが原因であろう。40歳を過ぎた頃筋肉を傷めて、現在は負荷を維持するトレーニングが精いっぱいだとか・・・)
もっとも、この手の種族にとってみれば、「トレーニング」そのものが生活の一部であり、「結果にコミット」の「結果」の方向性も私等からは全く異なるものである。
従って、彼らは、私のように「ジムの会費」と「遊興」とを天秤にかけることは無く、

「焼鶏屋」に行った時には、「胸肉」にしようか「ささみ」にしようか、あるいはカロリーの計算と明日のトレーニングメニューを天秤にかけながら、締めの「きしめん」をオーダーするかしないか葛藤するのである。

よく何かを始める時に「形(恰好や道具)から入る」という人を見かける。
始めて登山に行く初心者「山ガール」が、服装から全てのグッズまでビッシッとアウトドアブランドで揃え、
「昨日、専門店で聞いて全部揃えました」

と、いきなり総額十数万円を出費する。
スキーやゴルフ等でもよくあることではないだろうか?
これについても、
「自分のレベルに合わせて、経験しながら徐々に自分にマッチしたいいものを揃える」派や、
「良い道具はそれなりに機能的にも優れているので、初めから良い物にした方が楽に楽しめて、その分上達も早い」派

等など。
様々なご意見があるものと思うが、ここでは単に私の持論にフォーカスして意見を述べると、
高い安いは各人の主観ではあるが、その人にとってそれなりにコストをかけるということは、まずそのことが、その行動に対する意気込みであると言え、その意気込みがすなわち前述の継続する精神力につながると考えている。
自分の目指すターゲット(目標)が、「山登り」でも「ゴルフ」でも、また「痩せる」「引き締める」でも、いつでもそれを止める選択は自分でできるのであるから、様々な欲求や葛藤を乗り越える助けとして、それに投下したコストの大きさ、及び「良いモノ」を購入した充実感も非常に有効であり、「形(恰好や道具)から入る」タイプも、そのこと自体、私は大いに賛成である。
たまに「良いモノ」だけ買って1~2回しか使わない人もいる。
それは、そもそもその人のターゲットが「そのモノを持つ」あるいは「買う」ことで、それを持った時点で(1回使った時点で)目的が達成されてしまったのかもしれない。

私の「まずコストをかける」考えの原点は、20代後半の頃、沖縄である研修の仕事をしていた頃の経験にある。
当時、研修の指導教官という立場であった私は、17時過ぎのプライベートな時間を使って、単純に自身のスキルアップを目的にフリーダイビングの練習をしていた。
それを見たある研修生が興味を持ち、
  「おもしろそうですね。僕にもできますか?」
スキンダイビングの経験も全く無いと言う彼であったが、
  「是非覚えたい」
という彼の意欲に、私も軽い気持ちで、研修所にあった三点(マスク、シュノーケル、フィン)セットを借りて教えることになった。
その日は、30分ほど基本的なことを教えて、
「いつも、5時過ぎ頃からここで練習しているから、来たら教えてあげるよ」
  「ありがとうございました。またお願いします。」
その翌日は続けて来たものの、3回で来なくなった。
(研修会自体は3カ月継続して行うものである)

これについて、教えるに当たり彼と何かを約束したものでも無く、また、彼のプライベートな時間であり何をしても自由である。
私も、それによって何かの損害を被ったわけでもないが、

折角沖縄という絶好の環境の中でダイビングを経験できる機会があるのだから是非覚えてもらいたい、

という気持ちと、彼の「習いたい」気持ちに差があったものといえる。

その後の研修会でも何度か同様のことがあったが、それに対し私は、
「まず自分で3点セットを購入してきたら教える」
ということにした。
すなわち、

少しでも「覚えたい(習いたい)気持ち」があるなら、まずはそれに必要な最低限の道具を自分で買って揃えてきなさい。
ということである。
さらに、研修所のある沖縄県の北部には、当時、ダイビンググッズを揃えられるようなスポーツ店が無いため、自分に合った「3点セット」を購入するためには、各自の休みを利用して那覇まで買い物に出かけなければならない。気軽に「面白そう」と興味を示しても、「そこまでして習おうとは思わない」という者も出てくる。
結果として、それを買いに行った者が、皆その後熱心に習いにきた訳ではないが、少なくとも、「自分のための3点セット購入」ということで、第一弾のふるいにかける意味があるのである。
本人にとっても、コストや手間をかけてまでやりたいことかどうか、その時点の自分の気持ちを測ることができるのだ。

さて、冒頭の「結果にコミット」のフィットネスジムに関して、私の持論である「コストをかける」こと以外に、このジムの特徴である「短期集中」がとても重要な要素である。

一般的なスポーツジムは、多くの会員を長い期間在籍してもらうことに営業努力をする。

以前にあるジムの経営者から聞いた話しでは、半数以上が入会後1年以内に辞めていくとのことで、各ジムはいかに辞めさせない、飽きさせないプログラムを用意するか、または会員相互のコミニティーを作り仲間同士で継続する意識を高めさせる、等により会員を逃がさない努力をしているのだそうである。

一方、例のフィットネスジムは短期集中というシステムにより、利用者にとっては、半年後や数年先を目標にするのではなく、すぐ目前の数カ月先を目指すことで、「継続することの辛さ」を最小限度に抑える。
ほとんどの人にとって、数カ月程度の我慢は十分許容範囲であろう。
誰もが、もっとも意識が高いとされる開始1カ月間の会費返還の保証期間を過ぎれば、その後たったの数カ月間を、自己を滅してマンツーマンのパーソナルトレーナーの指示通りに、「高額なコスト」にも背中を押され、ただただタスクをこなすのみでいいのだ。
これは天秤ばかりの多くの負の要素を軽くしてくれるものに他ならない。
また、この「短期集中」のスキームは、ジム側にとっても、生産性向上のために利用者の回転率を高め、施設やトレーナーの有効稼働率を上げ、より多くの利益を効率的に得ることに直結する。

これらは、利用者の目標(結果)も単純にわかりやすくし、他の多くのスポーツジムとは全く異なる概念を取り入れたシステムで、ビジネスモデルとしては素晴らしと思う。
しかし、
コミットする「結果」に関して誤解をしている者はいないだろうか?
「結果」について、恐らくは初めにトレーナーのカウンセリングを受け、期間とその実目標を決めるものと推測する。その「結果」も三者三様ではあるが、例のコマーシャル映像に限り「シェイプアップ」で考えると、双方でコミットした「サイズやウェイトダウン」等の「結果」は、ジム側はゴールであるが、利用者側からするとゴールでは無くまさにスタートとなる。
苦労が多ければ多いほど、目標が高ければ高いほど、それを達成した時の喜びもひとしおであろう。
しかし、「シェイプアップ」は一時的なものではなく、その状態を維持していくことが本来の目的で、登山やマラソンのように達成した結果のゴールがあるわけではない。当初の結果にコミットするのはジム側の仕事であるが、その後については、当然ジム側では何もコミットしてはくれず、結局は各人の意志にゆだねられることになる。
これは、ジム側が誤魔化しているわけでは決して無いが、インパクトのある「ビフォー・ アフター」の映像と「結果にコミット」のキャッチコピーにより、その「アフター」の状態を自身の「結果」として捉えてしまうのではないか。
意思が弱く「アフター」後についてもコミットしてもらいたい場合、高額(?)なコストを払い続けることになる。
当たり前のことではあるが、

再三の注意にもかかわらず不摂生がたたり胃潰瘍になった患者を医師が完治させた。その後について医師は意識改善をしようとするが、結果的にそれを行うのは本人の意思に依存するのである。医師は、胃潰瘍を完治させることがコミットする「結果」であるが、その後生活習慣や体質を改善し、本来の意味で健康になる「結果」にまでコミットはできない。

例のフィットネスジムのメソッドを受けて「結果」を出した方々は、各人各様苦労も我慢もし努力されたであろう。
「卒業」後についても、アドバイスがあったことと推察する。
自身のサイズの変化を自分に実感させるために、ブランドの服を新調したかもしれない。
是非、その成果を維持していただきたが、何パーセントの人が「卒業」後にどれだけの期間それを維持できているのか?

「高額な会費」と「高額なブランドスーツ」の影響が、その後どの程度の期間まで負の天秤に作用するのか?
あのコマーシャルの「ビフォー・アフター」の、更に半年後、1年後の姿を是非是非見てみたい。

日付2016/04/25

投稿者半澤 透

ブログ-四方山話-



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