第20話 朝の楽しみ
いつの頃からであろうか?
日課の朝の散歩で、杖をつき、誰にともなく大きな独り言をつぶやいているお年寄りと挨拶を交わすようになったのは・・・。
見ず知らずの方と挨拶を交わすことは、特に散歩では珍しいことではない。
殆どの相手は、どこのどなたかは知らず、ただほぼ同時刻に散歩コースで顔を合わせ挨拶する、ただの「顔見知り」である。挨拶も「おはようございます」だけの方、必ず「このところ冷え込んできましたね」など一言を添える方、軽く頭を下げるだけの方、挨拶だけでなく「話し」が止まらない方等、様々である。
さて、先のお年寄りについて、
時期は定かではないが、焦点の定まらない眼差しですれ違う人に条件反射的に
「おはようございます」
と繰り返していたところに、挨拶を返したことが始まりだったと記憶している。
その後、週に3~4日のペースでお会いしているが、恐らくは、私を認識しての挨拶では無いものと推察できる。しかし、しゃがれた声ではあるが、ニコニコ顔で何とも温かみを感じるいつも同じテンポの挨拶は、特に悩み事や仕事が煮詰まっている時の私の気持ちを和ませてくれる。
話しは変わり、先日、学生時代の友人に3年振りに会った。
彼は、某大手システムベンダーの管理職であるが、ある若手社員の話題になった。
その若手君、最近リーダーになって部下ができたことを切っ掛けに、技術的のみならず人間的にも大きく成長したとのこと。
「やつは入社当時はまともに挨拶もできず、それを注意した時に、
-やることやっていれば挨拶なんてどうでもいいんじゃないですか-
なんて、食って掛かっていたのが、この前部下に
-まずは挨拶から-
なんて説教してたよ。」
その後、昨今の若者論議に花が咲いた。
IT系業務は、どうしても機械に向き合うことが多く、時には1日中ほとんど会話が無いこともあり得る仕事である。
あるお客様で
「○○社のSEは、いつ入ってきたかわからず仕事してるんだよね」
という話しをきいたことがある。
他人との接点が少ない業務柄か、比較的エンジニアに多い人種のようであるが・・・。
当社でも、各自仕事に入ってしまうと特定人としか話す機会が無いこともままである。
したがって、せめて「出退勤時くらいは、お互い目を合せて挨拶をしよう」と指導している。
特にアナログも重視する当社にとって、人同士のコミュニケーションのまず第一歩が「挨拶」であり、そこに特段の理由などいらない。
さて、前述のお年寄りであるが、この春頃から挨拶する時私の顔を見ていることに気が付いた。
始めは気のせいかとも思ったが、間違いなく目が合っている。
腰を曲げているせいもあり伏し目がちではあるが、私が挨拶をする時、目を合せ例のニコニコ顔で挨拶を返してくれている。たったそれだけであるが、私はとても嬉しい。
それに気づいて以来、遠くでそのおじいちゃんを発見すると、わざわざ近くまで行き挨拶を交わすようになり、私の朝の楽しみが一つ増えた。
そういえば、ここ1週間ほど、おじいちゃんと会っていないなぁ。
また、あのニコニコ顔の挨拶が待ち遠しい。
日付2012/10/06