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第15話 恐怖の時間|データベースシステムのデジログ/digilog

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第15話 恐怖の時間

私は、20年以上「スキンヘッド」である。
今はありがたいこと(?)に、「スキンヘッド」等というハイカラな呼び方を頂戴しているが、当時は単に「ハゲ」と呼ばれていた。
呼び名の変遷はともかくとして、このヘアスタイル(ヘアでは無いが)からもお察しいただけるとおり、シャンプーやもちろんリンス等全く必要ない。また、それ以前から短髪だったため、家内がバリカンで散髪してくれていたので、22歳から30年間、床屋に行ったことが無かった。
考えてみれば、非常に経済的な頭である。

さて、この年齢になると様々な変化が体に現れてくるものである。
それは自然の摂理であり、ことさらそれを意識するものでは無いが、最近気になりだしたのが「耳毛」である。
それが、加齢に伴い発生するものなのか、何故それが生えてくるものなのかは定かではないが、よくお年寄りに見られる耳の穴からはみ出すように生える、例の事象である。
それが最近自分の耳にも発生していることに気が付いた。
頭や髭は毎日のように自分で手入れするが、なかなか耳の中(耳の際)はケアが難しい。
何度かトライするものの、凹凸のある耳の構造も相まって、うまく剃ることができない。
それでも、無理やり剃ろうものなら出血に至ることもままであった。
そういえば、昔床屋に行っていたころ、顔を剃る時に耳の毛も剃っていただいていたっけ。

さて、今般ホーチミンに滞在し、午後から時間が空いたので、思い切って床屋に行ってみることにした。
これだけ長い期間床屋から遠ざかると、その敷居が高く、
「お客さん、どこを切りますか?」などと言われた日には、
「すみません、間違えました。」と、そそくさと立ち去る図が想像でき、
日本ではなかなかその一歩を踏み出せないでいた。
(意外と変なところ、シャイである)
しかし、ここはベトナムのホーチミン、
「旅の恥はかき捨て」とばかり、思い切って30年の歴史に終止符をうつ「重い扉」を開けてみた。

案の定、と言うべきか、
「どのようにしますか? 髭をブラウンに染めますか?」
・・・おいおい、茶髪ならぬ茶髭かよ・・・
「いいえ、シェイビングだけお願いできますか?」
「OK!」
その際、例の「耳の中」まで剃ってもらうように頼んだ。
一応、ホテルのレセプションで「腕のいい」床屋を紹介してもらい来てみたものの、海外での床屋の「腕」がどのようなものか想像すらできない。
「腕」はある程度覚悟し、早速、鏡の前の椅子に座る。
日本のものとあまり変わりはないようである、が何せ30年前しか知らないのだから定かではない。
さて、興味深々待っていると、スカイブル―のワンピースミニのお姉さんがシェービングクリームと剃刀を持ってやってきた。
先ほどの店長らしきお兄さんが、なにやらワンピースミニのお姉さんに指示している。
どうやらお姉さんが私を担当するらしい。
歳の頃は20歳代前半の、なかなかのベトナム美人であるが、この時ばかりはあまり喜べない。
何せ剃刀を扱うのだから、出来れば無愛想でも熟練したオヤジを指名したい。

日本では(30年前は)まず、剃刀をベルトのようなもので磨ぎ、刃を整えたものであった。
また、シェービングクリームを混ぜて泡立てる音も小気味よいのを覚えている。
まず、お姉さん、暖かいタオルで顔を覆い軽く拭くと、持ってきたシェービングクリームを塗り始めた。
鼻の下の狭いところは、指で塗っているらしい。
して、早々に頬から剃り始めた。
その手さばきたるや、慎重そのもので、剃刀をジワジワゆっくり動かしていく。
「ジ、ジ、ジ、ジ、・・・」ゆっくり肌をすべる音が聞こえる。
またその剃刀が剃れない。刃が髭につっかえながら進んでいく。
心なしか、その娘の緊張からか刃先が震えているようにも感じられる。
剃刀が一瞬肌から離れる。自分の手の指が硬直しているのに気づき、意識して大きく指を開いた。
徐々に、あごから首筋に、ヒンヤリとした刃先が移動する。
手さばきは、相変わらず控えめに、ゆっくり、ゆっくりと、そしてわずかに震えながら動かしている。
この、緊張感たるや並大抵のものではない。
更には、新しい客が入ってきたのか、狭い店内を慌ただしく人が移動する音が聞こえる。
・・・お願いだから、誰もそばに来ないでくれ。
こんな中、自分の頸動脈を若き娘の持つ(切れが悪いと言っても)剃刀にさらしているこの状況は、
不安を通り越して恐怖でさえあった。
しかし、既に私は「まないたの上」、何があっても覚悟を決めるしかない(普通は何もないが・・・)。
「お姉さんは何人の髭を剃ったことがありますか?」 などときいてみるか?
でも私のつたない英語で
「お姉さんは何人の頸動脈を切ったことがありますか?」 などと言ってしまったら取り返しがつかない。
(間違えるわけが無い、頸動脈などという単語を知らないのだから)
そんなことで気を紛らわせようとするが、意識は剃刀の冷たい感触に集中してしまう。
いやなことに、以前に読んだ森村誠一の小説が頭をよぎる。
床屋での事件を、自らがおとりになって、最後は頸動脈を切られ身を持って殺人を証明するストーリーだったが・・・。
私は刑事でもなければ、証明すべき事件もない。
ひとから恨みを買うようなことも無い(と思う)。
ただ、「耳毛」を剃ってもらうついでに髭も剃ってもらおうと、30年振りの床屋に足を運んだだけである。
・・・あの小説のタイトルは何だったっけ。刑事の名前は誰だったかなぁ・・・
と思考をズラそうとするが、直ぐに
・・・最後に頸動脈を切り裂く音は、「ガリガリッ」だったっけ、「ゴリゴリッ」だったけ・・・
いやな方向にに思考が向いてしまう。
そんなことを反芻しながら、
約15分後(私にとっては1時間にも感じられた)、髭剃りが終わりやっと恐怖から解放され、無事であった自分のクビ筋を確認する。
「頭はどうしますか?」
「いや、頭は結構です。」、即答!
部屋に帰れば、5枚刃の切れ味のいい「安全カミソリ(安全なカミソリ)(安心なカミソリ)」があるのだ。
しかし、懸案の「耳毛」が残っていたため、そこはお願いした。
耳なら、何かあっても頸動脈よりはいい。

全て終わり、椅子から降りた時、背中が汗でぐっしょり濡れていることに気が付く。
清算を済ませホテルに帰り、鏡の前でチェックする。頬を撫でてみるとチクチクする。
また、なんと肝心な「耳毛」が左側だけ剃れ切れていない。
その場を早く脱したい思いからか、よく確認せずに出てきてしまったようである。
何はともあれ、頸動脈が無事で一安心だったが、15分間の恐怖体験であった。

その後調べたところ、耳毛切り(耳毛カッター)なる商品が発売されていた。
早速購入することにしよう。

日付2012/05/08

投稿者半澤 透

ブログ-四方山話-



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